管理人Makoto:オナホール→イメトレ→オナ禁100日間

そもそもの原因は、幼年時代から

さて、どこから語るべきか……。そう、あれは確か幼稚園の頃だったと思う。教室のテーブルの端に両腕を立て、足を上げ、鉄棒をする時みたいに宙ぶらりんになってみた。そうすると、テーブルの端にちょうどペニスの位置が来る。ペニスをテーブルにしっかり押し付けると、腕とペニスに支えられて、体が安定し、浮かせ続けることができた。

そしてやがて、それがとても気持ちいい行為だと気付き、いつの間にか癖になっていた。先生や母親には、しばしば、「やめなさい」と怒られていたような気はする。しかし、そんな幼児に、なぜこんな気持ちいいことがダメなのか分かるはずもなく、見えないところでかなりやっていたと思う。そう、僕は少なくとも6才の時点から、それとは知らずにオナニーをやり始めていた。

小学校に上がる頃になると、机の高さより脚の長さの方がまさってくる。だから、「宙ぶらりんオナニー」は物理的にできなくなっていた。しかも、これは恥ずかしい行為なのだと、徐々に理解し始めていたと思う。いつの間にか、僕の快楽の探求は、毎晩誰にも絶対邪魔されない布団の中で行うようになっていた。そう、遅漏・膣内射精障害への最短距離、「布団オナニー」である。

「布団オナニー」とは、文字通り布団を使って行うオナニーの総称である。家族と同居している男性にとって、夜の布団空間は唯一、完全密室状態を確保できる場所であるため、多くの男性がこの「布団オナニー」に走りやすいと思う。僕の場合、夜眠る前、うつ伏せになり、股間に両手を添えた状態でグリグリと布団に向けて腰を動かし、ペニスを圧迫するやり方だった。ペニスと布団の間に両手があるのは、その方がペニスに体重が乗って気持ちいいからである。特に誰かにやり方を教わったわけではない。自然とこのやり方を自分で発見した。

このやり方は、中学に入ってからも基本的に変わらず、大人になるまでずっと続く。しかし、中1になったばかりのある日のこと、風呂上りに着替える際、替えのパンツに変なシミが付いていることに気付いた。最初は、「いつの間にオシッコを漏らしたんだ?母ちゃん、しっかり洗ったのか?」と不思議に思っていた。しかし、他のパンツを含め、何度洗っても取れずに残っている。やがて、もうその年頃になれば方々から入ってくるであろう、保健体育な情報の数々により、それが毎晩の自慰行為の残留物であることを理解し、急に恥ずかしくなった。それ以降、オナニーの時はペニスの先にティッシュをかませるようにした。

悲しき左曲がりコンプレックス

そして、悲劇は高校2年の時に訪れる。ある秋の日の放課後、僕は屋外のバレーコートにいた。その後のショックが大き過ぎて、なんのためにそこにいたのかはイマイチ覚えていない。ただ確実なのは、隣の運動場で、何のクラブか忘れたけれど、体操着姿の女子たちが和気あいあいと筋トレに励んでいて、僕は彼女たちをチラチラと見ては鼻の下を伸ばしていたということだ。ついでに・・・ペニスもしっかり伸ばしていた(苦笑)。

たぶんそんな麗しき彼女たちをもっとよく見るためだったと思う。色んな所がノビノビな状態で、僕はバレーコート中央横に一段高くそびえ立っている審判台へ勢いよく飛び乗った。すると同時に、股間に強烈な痛みが走った。不注意にも勃起したペニスを何か硬いものに思い切りぶつけてしまったのだ。審判台のすぐ目の前にバレーコートの柱があり、その柱にはネットを張るためのハンドルが備えてある。どうやらその金属の突起物に目掛けて、自分からジャンプして当たりにいってしまったらしい。自業自得なのであるが、かなり痛かったことを覚えている。鈍い痛みと内側から刺すような痛みが混ぜ合わさった感じで、経験したことのない痛みだった。

しかし、悲劇はまだ終わらない。この後、尿意をもよおしてトイレに行ったら、なんとドス黒い血尿が出てきたのだ。しかも、排尿中、刺すような痛みが走る。そして、よくよく己のペニスをみてみたら、なんと左に30度程度、折れ曲がっているではないか!オナニー時にペニスを左に寄せて圧迫する癖のためか、以前から左方向へゆるやかに曲がり気味であることに気付いてはいた。しかし、この打撲のせいで、曲がりがひどくなり、軽く折れた感じになっていたのである。

その日のうちに医者に行き、診察を受けた。血が出たのは、どうやら衝撃によって尿道が傷ついたせいだったようで、2・3日後には治った。(その間、排尿時の痛みに相当苦しんだけれど。)

一方、左曲がりの問題そのまま残り、当然気にするようになる。医者には、ショックで混乱気味だったせいか、あるいは恥ずかしさのためか、相談することができなかった。(当時はまだインターネットのように恥ずかしいことを気軽に相談できるメディアがなかった。)思案した末、布団オナニーのやり方を少し変えることにした。右へ反るように刺激の方向を逆にしてみたのである。そうすると幾分感度は落ちてしまったが、長くこのやり方を続ければ、そのうち左曲がりから元の真っ直ぐに戻るのではないかと考えた。

今から思えば、この発想は、かなりズレていた。屈曲を治すには強引で中途半端なやり方だし、これを続けていれば遅漏がますますひどくなってしまう。そもそも布団オナニー自体を僕は止めなければならなかったのだが・・・。そして、この左曲がりペニスは厄介なコンプレックスとなり、大学生・社会人になって以降も抱え続けることになる。

遅漏の兆候

大学生になって1年が経っても、彼女が全くできず、僕は未だに布団オナニストのままだった。彼女が欲しいとは強く思っていたが、左曲がりコンプレックスのせいか――言い訳がましいけれど――、どうも女性に対して積極的になれない。「いざセックスとなって、このチンコをみたら女の子はどう思うだろうか?」とか、「ぶっちゃけうまく挿入できなかったらどうしよう」とか、彼女を作ろうと積極的な行動をとる以前に、いつもあーだこーだと悩んでいた。

すると、そんな自意識過剰なオナニストを見かねたのだろう、大学の先輩がエッチなお店へ連れて行ってくれた。詳しい描写は控えるけれど、ここでの体験が、自分は遅漏なのだと気付く最初のきっかけとなる。お姉さんにフェラチオ*1をしてもらったのだけれど、それが物理的に全く気持ち良くなかったのだ。ただ、性的には興奮していたせいか、相当時間が掛かった(おそらく20分以上)けれど、この時は何とか射精できていた。

しかし、この時の性体験が全く期待外れだったせいか、その後、僕は風俗通いすることもなく、屈曲コンプレックスを本格的に解消しようともしないまま、漠然と月日が流れていった。

屈曲矯正トレーニングで、遅漏悪化

そして、いつのまにやら25才。僕はもう社会人になっていて、未だ彼女はおらず、仕事も含めて色々なことで人生に行き詰っていた。そしてその日、「よしっ、今年こそ童貞を捨てるぞ!」と決断したのである。結局、今自分に起こっている人間関係の問題や人生上の問題の根っ子は、全てペニスの、即ち自尊心の問題から来ているのではないかと考えたからだ。(この考えは、男性に関しては、あながち間違っていないと思う。性の問題は、自尊感情と結びつきがちなのだ。)

しかし、童貞を捨てるには、まず己の左曲がりコンプレックスを何とかせねばならない。コンプレックスに向き合うのはエネルギーが要るが、長い時間が掛かっても諦めずにやっていこうと決心した。そうして、治すための方法を探し始めた。

最初に出会った方法は、アンドロペニス*2という器具を使うやり方だった。男性器を真っ直ぐに固定して器具のおもりで引き伸ばすという、ペニスのサイズアップ用の商品なのだけど、この商品サイトのお客様の声欄に「これでペニスの屈曲がかなり治りました!」みたいなこと*3が書かれていて、興味をもって試してみた。

ところが、装着してみると意外に重量感があり、そのずっしりとした感覚がどうにも合わない。ペニスが真下にひっぱられて、いずれ真っ直ぐになりそうな気はしたものの、これを一日中毎日何ヶ月も着け続けるのはさすがに厳しいなと思い、3日間くらいであきらめてしまった。

次に試したのは、PeniMaster*4という同じくペニス増大用器具。アンドロペニスより二周りほど小さく、軽量で、これなら長く着け続けられるかもしれないと思ったのだ。実際、思いのほか装着感も悪くなかった。しかし、2週間くらい試してみて、ただ身に着けるだけではなく、直接ペニスに働きかける手段の方が治りが早いのではないかと考え、別の方法を探ることにした。

そして、Power-Jelq*5という器具を使う方法にたどりつく。これまたペニス増大器具の一種で、今度はローラーで直接ペニスを引き伸ばすタイプだ。J-PECという情報サイトに、これを使った湾曲克服の成功例が載っていて*6、そこでその存在を知り興味を持った。そして、J-PECのノウハウと合わせて購入し実践してみたところ、これが思いの外うまくいった。*7

おそらく成功例に影響されて頑張った結果だと思う。治ることを信じて1ヶ月くらい実践してみたら、ある時ペニスが多少真っ直ぐになっているのに気がついた。それで気をよくして、そのままもう1ヶ月続けたら、完全に真っ直ぐではではないものの、これなら何とかセックスできるかもしれないと、少し自信を持てるくらいまでに回復した。

初体験!が、しかし……

セックスに挑戦する意欲の出てきた僕は、風俗へ行ってみることにした。彼女を作る自信はまだなかったし、まずセックスができるという確信を得られれば、それは彼女を作ろうとする自信にもつながるのではと考えたからだ。

しかし、風俗とはいっても、慣れない初心者には少々敷居が高い。学生の頃は先輩に強引に連れて行ったもらったが、今度は一人である。しかも、性病とかになったらどうしようとか、やっぱりセックスできなかったらどうしようとか、できなくて相手のお姉さんにバカにされたらどうしようとか、やっぱり初めての相手は素人の女性にすべきではないかとか、こんなことに高いお金を費やすのはアホなのではないか等々、今更ながら色々な不安や考えが頭をもたげてきて、なかなか決心がつかなかった。

季節は秋になり、僕はもう26才になっていた。……結局、年明けの正月に外人女性専門のお店で初体験することに決めた。新年とともに新たな自分に生まれ変わろうと決意したのである。これを逃すと僕は一生童貞のままの気がしたのだ。

なぜわざわざ外国人なのか。もし失敗したとしても、その原因を言葉が通じないせいや文化の差のせいにして、取り繕うことができそうだったからだと思う。全く意味のない自意識過剰な考えだけど、コンプレックスのある人間は少しでも自分に降りかかる心理的ダメージを減らそうとするものなのである。何より初体験の相手が外人というのは、ちょっとだけカッコいい気がした。これまた全くもって意味のない自意識なのだけれど、こうした無意味な取り繕いに執着させる力が、コンプレックスという得体の知れない魔物のやっかいな所だ。

さて、年明けの1月2日、僕は外人専門店で待機していた。どんな人が現れるのか正直怖かったが、出てきたのは気さくな感じのメチャクチャ可愛い20才のブラジル娘だった。「神様、マジでありがとう!」と、僕は生まれて初めて神の存在を感じ、感謝した。

しかし、いざ本番。とてもフレンドリーで日本語の上手い子だったので、会話は弾むものの、激しい緊張のせいか大事な部分がなかなか立ってくれない。会話の中で「ふふ、俺はがっつかないタイプなんだぜ」と余裕のあるフリをしながら、内心では「焦るな…焦るな…。勇気を出せ、俺のチンコ!」と祈り続けていた。

そして、なんやかんやで時は過ぎ、いつの間にか終わりの時刻が迫っていた。娘さんも仕事をきちんと完了したいのだろう、コンドームを早く着けるよう僕に促し、横になってカモンベイビー状態で待っていらっしゃる。ああもう早く準備せねばと僕は何とかペニスを立たせようと自分で強引にしごき始めた――と、その瞬間、時計がジリリリリッとけたたましく鳴り出す。ブラジル娘はサッと跳ね起きて時計を確認すると、「うん、まだあと1分ある。ダイジョブ。ささっ、早くネ~」とおっしゃって、再びベッドに横になられる。ああでも僕の息子はまだ半勃ち状態なのだ。どうする俺。どうする僕。ええいままよ、このままいったれおりゃ~と、中途半端にコンドームを着けたまま未知の空間へいざ突入せんとしたまさにその直前、股間の先端に生温かい感触があふれ出した。……そう、僕の初挑戦は寸前で未遂に終わったのである。

失敗の後、ブラジル娘はすごく驚いた顔で、「大丈夫?調子悪い?」と優しくフォローし続けてくれたが、僕は勃起障害(ED)*7と早漏とそれらの恥ずかしさのトリプルショックで打ちのめされ、さっさとその場を離れたかった。感謝の言葉を述べた後、そそくさと着替えて家路についた。

帰りに駅のホームのベンチに座って列車を待っている間、今日起こった出来事を何度も反芻していた。ふと周囲を見渡すと、自分と自分以外の空間とが完全に分離して互いに決して交わることのないような感覚に襲われた。この世界から己の存在だけが切り離されている感じ。そして、「そもそもこの世界に自分がいないのなら、どこにいても同じ、そう例えば線路の上とか……」という不吉な考えが頭をよぎった。実行する気は全くなかったけれど、今の自分ならほんの少しの後押しで自然と実行できる気がした。人間、大きなショックを受けるとこうなるのかと、列車に飛び込む人の気持ちが何となく分かった。

脱童貞!が、しかし……遅漏発覚!

翌朝、僕は頭を切り替えて、勃起障害治療専門の病院をネットで探し始めた。薬で強引に立たせれば何とかセックスできるだろうと思ったからだ。この若さで勃起障害とは情けないが、恥ずかしいの何のと言ってられない。もう一度死の欲動を身近に感じるのが怖かった。死に恐怖を感じなくなることが恐怖だった。解決できる手段があるのなら、とにかく何でも試してみようと思った。

目星を付けた医院に予約を入れて、翌日、病院に向かった。待合室には少なく見積もっても60才以上に見えるおじさんやお爺ちゃんたちばかりで、20代の人間は僕だけだった。正直、かなり場違いな感じはしたが、年取っても男はチンコの悩みから逃れられないんだなあと、妙に親近感がわいた。受付は男性で、客の心理をきちんと配慮していてありがたかったけれど、一瞬だけ若い看護婦さんが奥の廊下に見えたときはドキリとした。さすがに若い女性には、己のED患者な姿を見られたくない。

呼ばれて診察室に入ると、真面目そうな先生一人だけだった。看護婦さんがいなかったのにホッとした後、微妙にテンパリながら自分の状態を一通り説明した。そうしたら先生は、「リラックスして、やさしく、ゆ~っくりしごくんだよ。ゆ~~っくり。それでOK」と簡単にアドバイスされ、処方する薬(精神安定剤*9レビトラ*10)の説明をし、それで診察は終わった。えっ、これだけでいいの?と、そのあっさり感に少々戸惑ったが、まあいつもこんな調子なんだ、僕みたいな症状はありふれているのだと思い直したら、何となく不安感が消えた。

翌日、勇気をふりしぼって再び風俗店へ向かう。前回の店には行きづらかったので、外人との初体験うんぬんの男の夢はすっぱりあきらめて、今度は普通の日本人のソープランドにした。精神安定剤とレビトラを事前に飲んでおき、準備は万全。薬は効いているのか効いていないのかよく分からなかったが、とにかく効いていると信じてお姉さんを待っていた。

現れたのはそんなに美人ではないけれど、優しそうな女性だった。何となく安心して、事に及ぶ。おっ、いつの間にやらチンコがちゃんと立ってる。精神安定剤すげ~レビトラすげ~と感動した。そして、お姉さんがそそくさとコンドームを付け、いざ挿入!――が、しかし……。

挿入の感動も束の間、今度は思いもよらなかった事態が起こった。正直、ペニスに何も感じなかったのである。その摩擦行為から、何の快感も得られなかったのである。これは自分のペニスではなく、ただの棒をお姉さんに入れているだけなのではと錯覚するほどだった。前回は超早漏だったのに、今度は超遅漏?一体僕のペニスはどうなっているんだ?――遅漏問題を自覚した瞬間だった。

「多分遅漏だね~。辛いね~。遅漏の原因はね、間違いなくオナニーのし過ぎ。治し方は分かんないけど、とにかくオナニーはあんまりしない方がいいと思うよ」と、お姉さんは僕にアドバイス。そうか…オナニーか…そういえば自分は小学校前からオナニーしていたし、少し前まで屈曲を治すために毎日ハードにグリグリやっていたしなあ……はたして治るのか?と新たな不安が高まってきた。そして、この日の膣内射精はあきらめ、家に帰った。

遅漏克服修行

さて、どうやって遅漏を治せばよいか。やっぱり僕のような生粋のオナニストは一生治らないのではないか。ショックのせいか何ヶ月か悶々とした日々を過ごした。本当は女性に何度も相手してもらうのが一番なのだろうけど、恋人がいるわけでもなく、また何度も風俗にいけるほどお金があるわけでもない。ダッチワイフ*11でも買おうかと考えたが、値段が高いことを知り、すぐにあきらめた。そうしてウダウダしていたある日のこと、膣に近いオナホールを使って膣感覚に近い状態でオナニーすれば、恋人のいない僕でもそれが訓練になるのでは?と、ふと思い付いた。

早速オナホールを購入して試してみることにした。ところが、長年布団オナニーを続けてきた人間にとっては、これがあまり気持ち良くない。そもそもまともにチンコを立たせてオナニーすることがなかったのだ。エッチビデオを観て自分を興奮状態におき、苦労してなんとか射精した。

1週間ほどオナホールでのオナニーを続けていると、ようやくその感触にも慣れてきて、普通に射精できるようになってきた。しかし、はたしてこれで良いのかという疑問が常にあった。というのは、オナホールの感触は膣より明らかに締め付けが強く、あくまでオナニーとして気持ちよくなるように作られている。布団オナニーよりましなものの、この強いオナニーそのものを何とかしないといけないのではと考えていた。

また、この時期に膣内射精障害やセックス関連の書籍やWEBを物色していた。恋人のいない僕にもできそうな遅漏治療法が書かれたものはなかったけれど、あるサイトの記事*12で、オーガズムはイメージや妄想と強く結び付いており、人は訓練すればペニスに直接刺激を与えなくても射精できるということを知った。そこで、オナホールを使うのは止めて、膣に入れているイメージだけで射精できるのではないかと考えた。ブラジル娘との初体験の時は、遅漏でなくむしろ早漏だったこともあり、結局射精の問題はメンタルが一番大きいのではと思ったからだ。そして、この時の発想がやがて性イメージ修正トレーニングとして確立する。

試しにオナホールなし、ペニスへの直接刺激なしの、妄想だけのオナニーしてみると、すぐにこれは自分に合う方法だと直感した。というのは、オナニーを小さい頃に覚えたせいか、アダルトビデオや写真を観ながらオナニーするのは苦手で、むしろ頭の中で色々妄想しながら射精する方が楽だったからだ。さすがにその日の内にイメージだけで即射精とまではいかなかったものの、触らなくても快感を味わうことは多少なりともできたので、この訓練を続ければOKだ!と治療の方向性に確信が持てた。

オナ禁修行。そして、イク。

イメージオナニーを毎日続けながら―もちろん、ついつい普通のオナニーもこの頃はしていた―一方で僕はペニスの感度をより敏感にする方法を探していた。心身両面で敏感になれば、より確実に射精できるようになるだろうと踏んだからだ。そしてWEB上で、オナ禁マラソンというものに出会った。

オナ禁マラソンとは、主に2ちゃんねるなどの匿名掲示板上で、オナ禁を連続何日間続けたかを告白し合うコミュニケーションゲームだ。僕が参加し始めた2004年頃は2ちゃんねる中心だったが、2009年現在は、他の掲示板サービスでもやっているし、ブログやSNS上でオナ禁日誌を書いている人も多い。

参加者は、主に美肌効果やモテ効果、能力アップなどを期待する自己啓発目的で行う人がほとんどで、僕のように遅漏改善目当ての人間は比較的少なかった。これは現在でもそうだと思う。正直、オナ禁すればペニスが必ず敏感になる保証は全くなかったが、モテ効果や能力アップにも興味はあったし、試してみる価値はあると思った。

禁欲目標は、連続100日間に設定し、それを達成したら、もう一度ソープに行くことに決めた。100日という数字に特に根拠はなかったが、目標としてキリが良いのと、3ヶ月以上もやれば十分射精できるようになるだろうという読みだ。それに、オナ禁界隈で言われているスーパーサイヤ人効果*13にも興味を持ったのもある。この効果を実感するにはそれなりに日数がいるらしく、最低でもそれくらいは頑張って禁欲してみようと思った。

さて、いざ禁欲を始めてみたものの、これがなかなか難しい。最初のトライは1週間もたずにリセットとなった。2回目のトライは12日間もったが、強いオナニー欲に耐え切れず、再びリセット。オナ禁開始後の2週間は、時々津波のようにオナニー欲が襲ってくるので、かなり厳しい。

しかし、3度目の挑戦ではなんとか持ちこたえ、2週間目を過ぎると多少落ち着いた。その後しばらく小康状態が続いたが、25日目ありから、最初の2週間ほどではなかったものの、再び強いオナニー欲が復活してきた。これに何とか耐え忍ぶと、32日目あたりから毎日起きていたオナニー欲が急に起こらなくなった。

その後45日目頃に2日間だけ、ひょっとしてこれがスーパーサイヤ人効果かと思える妙に頭の冴えた時期があった。期待していたほど強い効果でなかったので残念だったが、この時期になると、もう性欲自体がそれほどわかなくなっていて、エッチなものを観ても、それで興奮したりオナニーしたいとは思わなくなっていた。

そして時は過ぎ、年が明け、いつのまにか目標の100日間を超えていた。遅漏発覚からおよそ1年、再びソープに挑んだ。お相手は小柄な可愛い感じの女性。今回は勃起薬をあえて使わず精神安定剤のみ飲んできたため、さらにオナ禁期間があったため、はたして勃起するかどうか少し不安であった。でも、しっかり立ち上がってくれて、まずは一安心。そして、いざ挿入となって……今回は成功、した。さらに、腰をゆっくり動かすと……今度は1分と持たず、まるで漏れ出すように熱く勢いよく発射した。何とか膣内射精に成功したのであった。

エピローグ

その後、何度か小さな失敗を繰り返したものの、経験を積むごとにセックスの不安は解消され、勃起障害は起こらなくなった。また、普段から性イメージトレーニングやオナ禁で心身の性的感受性を高めておくことで、遅漏で悩むこともなくなった。

膣内射精に成功したことで、何より女性に対する恐怖感が消えたのが大きい。精神的に構えずに、もっと気軽に女性と付き合って良いのだ、セックスを楽しんで良いのだと気付き、気持ちがかなり前向きになった。そして射精成功から3年後、ステキな人と出会って、今は結婚して毎日楽しくやっている。

恋人ができたことにオナ禁効果が直接関与しているかどうかは分からないけれど、無駄な性欲をコントロールできるようになったことで、女性を単に女性としてだけではなく、一人の人間として見られるようになった気はする。それによって、女性と話しやすくなったのは確かかもしれない。

また、今では射精のコントロールも自在にできるようになり、例えば1週間ほどオナ禁(射精禁)して精子を十分に溜めた後なら、ペニスにほとんど触れずに射精することができる。逆に、やろうと思えば何時間でも入れっぱなしにすることもできる。オナニー歴20年以上の僕でも自在にいけるようになったのだ。今では、昔自分が遅漏だったなんて信じられない。

セックスの問題は、単に肉体の問題だけではなく、コンプレックスや自尊心、メンタルの問題とも絡みやすく、ややこしくなりがちだ。でも、一つ一つ問題を解きほぐして、焦らず己の心身と向き合っていくことで、あなたの遅漏も必ず治るはずだと、僕は信じている。だから、希望を失うことなく前向きにがんばって欲しい。

遅漏克服修行のまとめ

1)布団オナニーは危険。長年続けていると射精が不安定になり、ペニスが屈曲する怖れがある。
2)屈曲ペニスはある程度までは、器具などを使って治せる。
3)若くしてEDになっても、恥ずかしがらずに病院に行った方が早く解決する。
4)遅漏・膣内射精障害・不安定射精の改善は、イメージトレーニングとオナ禁が有効。
5)オナ禁で性欲をコントロールできる。その結果、女性との付き合い方が変わる可能性はある。
6)オナニー性遅漏は必ず治る!

注釈

*1:男性器(陰茎)を、口に含んだり舌を使うなどして刺激する行為。(Wikipediaから引用
*2:アンドロペニス発売元公式サイト アンドロメディカル
*3:アンドロメディカル公式サイトに書かれていたが、ページ消失した模様。アンドロペニスの屈曲に対する効果は、 アンドロメディカル公式サイト > ペイロニー病、陰茎湾曲は本当に矯正することができるのか?を参照。[2016/10/27追記]アンドロメディカルは、現在アンドロぺイロニーという屈曲矯正版も販売している模様。効果を検証した論文も発表されている。
*4:PeniMaster公式サイト→サイト消失
*5:PowerJelqの販売サイト。これは既に旧型になっているようで、 メーカーの最新型はPower-J-Gymという製品。
*6:J-PEC 湾曲矯正の成功例(※男性器の画像があるので注意。18才未満閲覧禁止サイトです。)
*7:J-PECはペニス増大ノウハウを提供しているサイトだが、その一部に『曲がったペニスの矯正』という項目があり、筆者はそれを実践した。
*8:「勃起障害」とは、陰茎が勃起しなかったり、それを維持できなかったりする状態。「勃起不全」「勃起機能障害」「インポテンツ」「ED(Erectile Dysfunction)」とも呼ばれる。(Wikipediaから引用
*9:マイナートランキライザー・抗不安薬
*10:ED(勃起障害)治療薬の一種。
*11:擬似性交用の等身大の人形
*12:新宿ウェストクリニック相談掲示板の記事「 男性膣不感症(膣内射精障害)について
*13:一時的に精神が高揚し、集中力が増す状態。オナ禁開始後の一連の経緯は、空僧丸さんのオナ禁体験記(リンク切れ)に詳しい。また、彼のHP『自己改善により毎日を大切に生きる』(サイト消失)には、オナ禁効果に関する論説体験談が掲載されている。

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