存在しない足でオーガズム:『脳のなかの幽霊』

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脳と身体感覚の関係

神経科学者による脳機能の解説本です。奇妙な患者の症状をもとに、脳の仕組みや働きについて考察し、著者独自の面白い説が述べられています。一冊目はボリュームがあり、註釈も豊富で、詳しく丁寧な論証がされています。二冊目は講演形式の語りで、一冊目の内容をより分かりやすくまとめたものです。

遅漏問題そのものに直接述べられたトピックはありませんが、性の仕組みを理解する上でヒントになることがいくつかありましたので、それを取り上げつつ、僕なりに考察を深めてみます。

存在しない足で直接オーガズムを感じる

幻肢といわれるものがあります。事故や手術で腕や足を無くしてしまったのにも関わらず、感覚としては以前の腕や足が存在するかのように感じられる症状です。

そして、特に足の幻肢をもった方々の中には、セックスするたびにその幻の足でオーガズムを得るようになってしまった方がいるそうです。ペニスに刺激を受けると、ペニスからの快感だけでなく、存在しないはずの幻の足でも同じ快感を得ている状態です。幻肢そのものも驚きですが、その存在感・触覚(体性感覚)だけでなく性的な感覚までも足に転移してしまうのです。

なぜこうした症状が起こるのかというと、著者によれば、身体の各部位に対応する脳の体性感覚地図上では、足の部分と生殖器の部分とが隣同士であり、足がなくなって脳内地図の足領域への入力情報がなくなることで、ペニスから来た生殖器領域からの入力情報が足領域へまで侵入してくるからだそうです。

このことから分かるのは、オーガズム感も含め、感覚というものは脳の情報処理に深く依存しているということです。もちろん、外部からの刺激の仕方、すなわち脳へどういった形で情報を伝えるかも大きいのですが、情報を受け取った後、その脳がその情報をどのように処理するか次第で、僕たちの知覚世界は大きく変わってきます。つまり、セックスは脳でイク、ということです。

ピークシフトとフェチズム

もう一つ参考になるトピックは、ピークシフトという概念です。少しわかりづらいので、著作から引用します。

あなたが、ラットに正方形と長方形を区別させる訓練をしているとします。ラットに特定の長方形を見せるたびにチーズをひとかけあたえ、正方形を見せたときは何もあたえません。するとラットはすぐに、長方形は餌を意味するということを学習し、長方形を好むようになります―(中略)―しかし、もっと細長い長方形を見せると、ラットは最初の長方形よりも二番目のほうを好みます。これはラットが「長方形性」というルールを学習しているためです。細長いというのは長方形性が高いということであり、ラットにとっては長方形性が高ければ高いほどいいのです。(『脳の中の幽霊、ふたたび』p70から引用)

つまり、ピークシフトとは、極端な方向(peak)へと選好が移り変わっていく(shift)ことを言います。動物には学習によって好みを先鋭化していく性質があるということです。著作ではこの他にも、セグロカモメのヒナ鳥が「母親のくちばし」以上にその特徴を極端にデフォルメした「赤い線の入った黄色い棒」の方に激しく反応する例も紹介されています。

著者は、このピークシフトの概念から「芸術とは何か?」の考察を進めていますが、僕はこれをオナニーパターンやフェチズムの形成プロセスとして読みました。このピークシフトの法則は、人間が特定のオナニーや快感の得方に固着する神経学的な説明にもなっていると思います。人間を含めた動物は、極端な刺激に流れやすいのです。

おそらく男性の射精現象にも、ヒナ鳥にとっての黄色い棒のように、直接的にそれを促す刺激方法が存在するのではないでしょうか。もしあるとすれば、多くの男性がより強いオナニーに走りがちな点から、それは純粋な触覚情報に近いものだと考えられます。

しかし、実際のセックスにおいては、純度の高い触覚情報だけを得ることは難しく、様々なノイズ情報に翻弄されます。現実の女性は、単なる射精発動マシンではなく、一個の心と体をもった尊厳ある人間です。また、膣は射精に必要な触覚情報を抽出しやすい構造になっていると思いますが、あまりにも強い摩擦刺激に耐えられるようにはできていません。

従って、膣内で射精しようとする場合、純触覚情報以外の周辺ノイズを抑制するか、逆にそれらのノイズが快感や射精を補助するように操作していくかして、現実のセックスから射精に必要な情報を抽出し、強化していく必要があります。

実際のセックスにおけるノイズを抑制する方法として有効なのは、リラックスすることです。リラクゼーションの方法自体は何でも良いですが、心の底からリラックスするための前提として遅漏男性にまずやって欲しいことは、パートナーと自分の問題を共有して信頼関係を作り、自閉的に悩むことをやめることです。

すると、セックス中リラックスすればするほど、ノイズがノイズでなくなり気にならなくなってきます。周辺の余計な情報が消えて、射精に必要な情報のみが立ち現れてくるイメージです。

また、ノイズを快感や射精に結びつける方法としては、イメージ訓練が有効だと考えています。強い刺激に頼らずに、射精を司る脳の領域へと純触覚情報が十分伝わるためには、その土台として一定レベルの快感量がおそらく必要です。それを内発的なイメージ情報によって補完するという発想です。(性イメージ修正トレーニング性イメージ開発トレーニング性イメージ再構築の技術を参照。)

※[2012/6/29追記]不妊治療で使われる技術の中に、電気射精と言って、前立腺部を電気で刺激して射精を促す方法があります。ここで言っている純触覚情報とは、そうした神経の電気的信号情報そのものでなく、それに変換される前のプリミティブな知覚情報のことです。

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